パラダイス・ゴア(2) アンジュナで“ない”トライフ
アンジュナ・ビーチはゴアのビーチの中でもパーティー系の人が行くワイルドなスポットとして有名である。初のゴア・トリップにふさわしいので、ゴアのマプサで長距離バスを降りた後、ローカルバスをつかまえてアンジュナ・ビーチに向かう。
一人旅ほど出会いが多いもので、行きの長距離バスで同じコンパートメントをシェアしたイスラエル人の女の子といつのまにか連れになる。バスに揺られていたらアンジュナを通り過ぎてしまい、運転手に「歩いて戻れ」と言われてバスを降ろされてしまった。荷物を抱えて途方にくれていると、カナダ人っぽい暇そうな男の子が原付でアンジュナまで連れて行ってくれる。ビーチの入り口にあるMary’s Holiday Houseで一緒に宿を取った。
二人でブランチを食べて海を眺め、ビーチに寝転がってビールを飲む。イスラエル人の彼女は大学院を卒業してすでに就職が決まっており、仕事について自由がなくなる前の最後の旅としてオーストラリアで6ヶ月ワーキングホリデーをした後インドに来たという。イスラエルってどんな国?と聞くと、ニュースでやってるほどひどくない。少なくとも私の住んでいるところは西洋化していて都会だし、何も危ないことは起こってない。境界のあたりは危ないみたいだけど、という。母親はイエメン人、父親はまた別の国の出身らしい。目が驚くほど大きくて不思議な印象の、ユダヤ系らしい顔立ちをしている。なかなかの美人である。
隣のチェアーに寝転んでいたベルギー人の女の子二人と仲良くなって、4人でディナーを楽しんだ後パーティーに繰り出すことになった。ベルギー人の女の子二人は、アフリカ系とヨーロッパ系のコンビである。22歳。ヨーロッパ系の彼女は大学を出たあと仕事を探すのがおっくうで、アフリカ系のインド好きの彼女の「じゃーインド行こうよ」という誘いにひとつ返事でついて来たという。アウトゴーイングで人好きのする明るい二人で、ベルギー語で延々と冗談を言い合っている。
ビーチのレストランでシーフードをたっぷり食べた後、うわさでききつけたパーティーを目指して真っ暗なビーチをひたすら歩く。だいたいビーチや付近のレストランでバーテンとおしゃべりしていると、「今日はなんとかビーチでパーティーだよ」、「火曜日と木曜日はなんとかヒルだからおいでよ」と自然とパーティー情報が入ってくるのである。砂に足を取られながらダンス・ミュージックが聞こえる方向へ向かうと、浜のレストランでわりに落ち着いた雰囲気のパーティーにたどり着いた。
ダンスフロアとDJがいて、バーとレストランがあり、砂浜にはスナックとタバコを売るちいさな屋台がたくさん出ている。ドリンクを買って、あとは好きなように好きな場所で過ごして、時には踊ったり、座って話して友達を作ったりすればいいのだ。悪くない雰囲気である。私たちのグループは、イスラエリ、ベルギー(白人)、ベルギー(黒人)、日本人という組み合わせで肌の色もまったくちがい、いろんな人から「どういう友達どうしなの?」と不思議がられた。
ところでやや話はずれるが、私は人がたくさん集うパーティーの類が結構苦手なたちである。知り合い同士の飲み会ですら、マジックナンバー7を越える人数になると脳のワーキングメモリーが容量オーバーになり、「閉店ガラガラ!」と叫んでテーブルの隅でゲームボーイかなんか(持ってないけど)を無言で開きたくなるわりと性格の暗いところがある。そのため、人がうじゃうじゃいるパーティーでばったり会ったストレンジャーとおしゃべりするのが苦痛だし、酔っ払いのガキンチョたちとアホなおしゃべりして何が面白いんだという態度だから、パーティーでもダンス・フロアで踊っているか野良猫と遊んでいる以外はあんまり楽しくない。
それに、私は暗闇がかなり怖いたちである。ムンバイに住み慣れていると、真っ暗な夜を経験することはまずないので、パーティーにたどり着いたときにはすでに自然に囲まれた静かで真っ黒なゴアの夜にかなり恐怖を感じていた。昔見た「ジョーズ」とか「殺人魚フライングキラー」を思い出してしまう。
加えて、普段のインド生活でお目にかからないヨーロッパ人の集団に囲まれていることもなんだか恐ろしい。見慣れたインド人は表情豊かで、まともな人とヘンな人はだいたい区別がつくようになる一方で、見慣れていないヨーロッパ人は表情から何を考えているか読めないし、行動規範や倫理がわからないので怖いのである。
そんなこんなであんまりパーティーは楽しめず、夜の11時が就寝時間の私としては早く帰ろうよ~と主張して、午前2時ごろにようやく真っ暗なビーチを携帯の光で照らしてみんなでホテルまで帰る。連れの3人の女の子のうち2人はすでにベロベロに酔っ払った状態で、ドイツ人の若い男の子のペアとカップルになっている。酔っ払っているのでどっちがどっちかはあまりどうでもよく、女にしてみればだるい体を寄りかける相手があればいいわけだし、男にしてみればベッドに連れて帰る女がいればいいわけだ。結局ホテルを一緒に借りた連れはドイツ男子の部屋に泊まり、その翌日からグループで南のビーチに移っていった。
連れがいなくなったのを少しは寂しいと思いつつ、翌朝にはひとりになったことにほっとして、ずいぶんのびのびした気分になっている。バーやレストランで今日はあそこでパーティーあるからいきなよ、とか一緒に行こうよ、と誘われるのだが、「いや、気分が乗ったらね」と断って、昼間のビーチと食事を満喫して毎日夜の9時には眠ってしまった。ゴアといえども私にはナイトライフは向いていないようだ。遊び好きの女の子たちと出会ってゴアのナイトライフを垣間見れてラッキーだったな、と思い出しながら、海辺のレストランで魚をつつきながら飲むビールの味は最高であった。旅先で出会う人々は、それぞれにその土地に求めているものが違う。出会いなのか、冒険なのか、休息なのか、逃避なのか。数々の他人の人生を、ゴアという切り口で開いたその断片を、ビールを片手につまみを手に取りながらバーの端から眺められるのがゴアを旅する面白さかもしれない。