Archive for the ‘ 本 ’ Category

ストイックな男の人生 山崎豊子「沈まぬ太陽」

山崎豊子の「沈まぬ太陽」を読み始めてそろそろ3週間目になる。以前会社にいたインターンの青年が日本に帰るときに置いていったのを借りて読んでいるのだ。かなり面白い。 日本にいるときは、企業ドラマなんておっさんばっかり出てくるし登場人物は多いしポリティクスやらなんやらいちいち理解するのが面倒くさいからキライ、と思って読んだことがなかったのだが、「ドラマ 華麗なる一族」は面白かったし、読んでない日本語の本がもう残ってないという差し迫った理由もあり、読み始めたら止まらなくなって朝ごはんの時間まで本を広げている。全5巻だからなかなか読み応えがある。 ストーリーを簡単に解説すると、主人公の恩地は、官から民に移行しつつある巨大な航空会社「国民航空」の社員で、優秀さを買われて労組の委員長に任命される。正義感が強く実直な彼は、「空の安全」を守るために、社員の労働環境を改善しようと死力を尽くすが、その結果、会社はその存在を疎んじて「アカ」のレッテルを貼って迫害し、懲罰人事で海外の僻地をたらいまわしにする。飛行機事故を契機に、半官営の汚れきった大企業と、それを変えようと戦うストイックな組合員たちのドラマ、というような話です。 主人公の恩地さんは、スーパーストイック男である。そんなひどい仕打ちを受けて出世の見込みもないような会社さっさとやめたらいいのに、戦っている他の組合員たちのために耐えて耐えて耐え続ける。それでいて、その苦しみのなかでも心だけは澄んでいる。アフリカやらパキスタンやらにぼんぼん飛ばされて孤独な単身赴任の生活のなかでも、美女に情熱的に迫られても決して興味を示さない。まさに女の書く男、という感じの主人公である。 こんな男は世の中にはいないか、いたら頭のおかしい人である。表で極度に「倫理的」な人間は、裏ではかなり性格破綻しているというセオリーを私は信用している。なんだかごつごつして妙なこだわりがあったり、「あ、ヘン」と見てわかる人のほうが付き合ってみるとまともなものである。だが、これは小説だからいいのだ。恩地さんはストイックだけれど変態ではない男なのである。 世の中には、「本当は周りがおかしいのに、自分がおかしいと見られてしまってる」という悲惨な状況に立たされている人はたくさんいるはずである。「周り」が大多数で、力がある場合には、そちらが単純に正義になり、声を上げている個人は迫害される。そんなケースは大なり小なりごろごろしている。経験したものにしかその恐怖はわからない。一度もそんな経験をしたことがない、という人がいたら、それは自分が常に「周り」の側にいただけの話である。 そういう人数や力による迫害のまっただなかにいる人には、ストレートに、励みになる物語だろうと思う。秋の夜長にはおすすめです。[ READ MORE ]

手紙だけの夫婦愛は成り立つか? ―The Japanese Wife

“Japanese Wife” という短編小説集が、インドの本の全国チェーン店CROSSWORDの2008年ベストセラーに入っていたので買ってみた。表題の作品は、映画化されて今年度公開予定らしい。 雑誌の文通欄で知り合ったインド人の男と日本人の女が、一度も会わないまま文通だけで結婚し、手紙だけのやり取りで夫婦生活を送るという、あるいみでは特殊な愛の話だ。とても短い静かな小説である。ラストがなかなか印象的でよかった。 プラトニックな男女の愛が一生終わらず続く、という状態がどういうものなのかあんまり想像がつかないのだが、ひょっとしたら長く結婚生活を送った経験がある人にはわかる世界なのだろうか。それはいったい友情とどう違うのか。なぜわざわざ結婚という形をとってお互いを縛るひつようがあるのか。などと、お話とはわかっていながらいろいろ想像をめぐらしたりして、ついついまたワイドショーの視聴者状態である。 ちょっと飛躍するようだけれど、結論としては、なにをよしとするかは自分にしか分からないものだ。どういうスタイルで生きるかというようなことは、人の意見を聞いてもどうしようもないことであって、誰にどう思われようと思ったように勝手にやるしかない。小説の主人公たちも、「手紙で子どもはできないだろ」などと周りから突っ込まれるのだが、特に気にしない。すると周りもそれを見ていてだんだん、「あ、これもありなのか」と納得してしまうのである。 昔、古い友人が就職活動のときに就職先に迷って電話をかけてきた。職業相談の担当者に、「周りの人のほうがあなたを分かっている。だから古い友人10人に電話をかけて、どの仕事がむいているか意見を聞いてみなさい」と指導されたという。私は大学で職業指導を選考したので、そんなあほなアドバイスをしている担当者はどこのどいつだ、とびっくりしてしまった記憶がある。 この人と結婚して大丈夫だろうか、この仕事を選んで後悔しないだろうか、などと聞かれたって答えようがない。決断が「正しい」かどうかがポイントではないからだ。私たちは何もウルトラクイズをやっているのではない。 これで自分がハッピーになれるはずがない、とすっかり分かっていながらも選ばざるを得ない道もけっこうある。結局のところ、AからC、どのドアに飛び込んでも地獄である。粉まみれでも、水びたしでも、泥沼でも、どれにしても難儀なわけなら、まあ選んだ瞬間に楽しいものに行ったらいいんじゃないかと思う。あとのことは分からない。[ READ MORE ]

一人称で語るということ NEVER LET ME GO by Kazuo Ishiguro

この前、開高健の文体が好きだ、というポストの中で、小説のストーリーなんか実はどうでもいい、言葉が心地よければそれでいい、という話を書いたけれど、意見がちょっと変わったので反対のことを書きます。やっぱり物語はスゴイ。 週末かけて、カズオ・イシグロの “NEVER LET ME GO” (邦題:「私を離さないで」)を読んだ。何年か前に一度日本語の翻訳版を読んで衝撃を受けたので、ちょっとショックが和らいで細部を忘れたころにもう一度読み返そうと思っていたのだ。 読んだことのない人のために説明すると、小説は主人公キャシーの静かな一人称で語られる。男女共学のボーディングスクール、「ハールシャム」ですごした子ども時代、その学校の奇妙な雰囲気とルール、学校を出た後の「コテージ」での青春。親友であるルースとトミーとの微妙な関係。キャシーが一見誰にでも覚えのある子ども時代の記憶にまぜて語る数々の謎の後ろには、実は恐ろしい事実が見え隠れしている。「ハールシャム」とは何なのか、子供たちが成長してから始める「donation」とは・・・。ふっふっふ。というストーリーです。 一人称の語りでは、読者はキャシーの視点からしか世界を見ることができない。私たちが普段生きているときと同じ状態だ。人間は自分が認識できるものだけを頼りに、脳の中で世界を構成している。他人にどんな世界が見えているのかは決してわからない。だから、彼女の知らないことは読者にも分からない。キャシーが誤解していることは、誤解したままの事実として読者に知らされる。それにもかかわらず、キャシーの目を通してみる他の登場人物たちの行動や言葉を通して、彼女には見えていない世界が確かにそこにあるということを、読者はずっと感じつづけている。 それが、カズオ・イシグロの作品の、ふつうの一人称スタイルの小説とは違うところである。作者と主人公のアイデンティティは完全に分離している。作者は主人公の口を借りて自分の言葉を語っているのではない。作者の意図は主人公の思いとは別のところにある。その歪みから物語の別の真実を読者に垣間見せようとしているのである。私が読んだカズオ・イシグロのほかの作品、「日の名残り」と「浮世の画家」もまた似たような構造の一人称小説だったと思う。 この一人称の構造も含め、ストーリーは読者が真実に近づくための伏線であふれている。「なにかがある」という思いが本の最後のページまで読者をすごい勢いで連れて行く。どうやったら一人称であれだけ冷静に、主人公とのコミットメントを持たずに他人の心を描けるのか、本当に不思議だと思う。 怖い。どういうわけか英語の原作のほうがずっと怖かった。原作と翻訳を両方読んだほかの人はどう感じたのか聞いてみたいのだが、翻訳を読んだときにはこの背筋が冷えるような恐怖は感じなかった。昨日の夜中に読み終わって、頭に残っているイメージが気になってうまく眠れなかった。怖い夢を見てしまった。大学の倫理学の授業で教材として使うのもいいと思う。ひょっとして、もう使っている学校あるのかな?[ READ MORE ]

皺から眠る 開高健の「夏の闇」

開高健の「夏の闇」を読んでいる。久しぶりに、読み出したら字を追う目が止まらなくなる文体に出会った。 物語の内容は、本当はどうでもいい。細部を偏愛するたちなので、本を読むときにストーリーなんかほとんど真剣に追っていない。言葉づかいと、一文の中にあるぎゅっとするひねり、漢語と和語とカタカナのバランスと並び、そういうものを求めているだけである。読んでいて脳に波打つような心地よい文を見つけたら、ずっとぐるぐる同じものばかり読んでいて飽きない。 本の半分ぐらいまで来たが、「夏の闇」は精神的な剥離の恐怖におびえながら旅に拘泥し、怠惰な性と眠りに沈みこんだ中年男の話である。いつも眠たがっていることと、モツが大好きなことをのぞけば、主人公の男と読者である自分との間にほとんど共通点がなく、独白と自己分析を読んでもほとんど身に覚えがないし、その苦悩に共感できない。しかしそれが鋭くて面白い。そんな感じ方をするのか、と新しい他人の感性を学んでいるような感じである。 「私は足の裏や睾丸の皺から眠り始めるのである。そこから形を失い、体重を失っていくのである。」 さっぱりわからない。そういうもんなのか。それはよいとして、「皺から眠り始める」というこの「…から…」の使い方にぐっときてしまい、音楽で言ったら絶妙のところで半音下げられたみたいに頭に残る。ふつう体の部分「から」眠り始めるとは言わない。でもわかりそうな気がする、このもやっとしたところが好きである。 「旅はとどのつまり異国を触媒として、動機として静機として、自身の内部を旅することであるように思われるが、自身を目指すしかない旅はやがて、遅かれ早かれ、ひどい空虚に到達する。空虚の袋に毎日々々私は肉やパンや酒をつぎこんでいるにすぎないのではないか。」 私は旅人をやったことがないし自己の内部を旅する傾向もないので、この内省が身につまされてわかるわけではない。それはどうでもよくて、この「静機として」という聞いたこともない言葉をさくっと使っているところがなんかかっこいい。ここで「動機として」の一回だけでは音感的に物足りなくて「静機として」を思いついて入れたのだろうと思う。「静機」とは何を言うのかよくわからないのだが、こういう飾りが好ましい。一文一文の音と形にこだわっている。 ようはスタイルである。形が全てである。ソンタグはスタイルのない“内容そのもの”は存在しないと言っている。私はそういう深い芸術論は本当はよくわからないけれど、ひとつひとつの文章がかっこよければそれでいいし、そこに全てがあるんじゃないかと感じる。そういう意味では、論文と小説は同じように長文で成り立っているという点を除けば、ほとんど共通点はない。[ READ MORE ]

痴人か愛か

インドの結婚式については、もう少し書く内容があるのだが、ちょっと息が切れたので別の話題を。 以前、会社の同僚に、「タニザキの小説に『痴人の愛』ってのがあるが、君の名前の意味は『痴人』のほうか『愛』のほうか、どっちなんだ」と聞かれたことがある。『痴人』のわけないじゃないか。 『痴人の愛』の英訳のタイトルは確か『Naomi』だったと思うが、どこかで邦題の直訳の意味を知ったのだろう。先月日本に帰ったときに、日本の本をいくつか持って帰ろうと本屋を物色していてこの話を思い出し、読んでみることにした。谷崎を読むのは多分初めてである。 念のため簡単に紹介すると、大正時代、主人公の譲二という男が、カフェで見初めた奈緒美という15歳の美少女を家に引き取り世話をすることになる。西洋人のような容姿を持つ奈緒美は成長するにしたがって妖艶で性に奔放になり、主人公は誘惑と嫉妬と生活苦に病み・・・という話である。奈緒美も譲二も、昔は新しいタイプの人間として描かれていたのかもしれない。今読めば、意外によくいそうなカップルと言う感じがする。ややマゾヒスティックな男の純愛小説という感じかもしれない。 小説は譲二の語りですすむ。この自己心理描写が、男の理性と欲望のうごきをなんだか生々しく描いていて面白い。たとえば、譲二はしばしばわがままな奈緒美に強く出ようと決心するのだが、奈緒美が実際に目の前にいると、誘惑に負けてどうしてもうまく叱ることができない。だから、腹を立てていたはずの男が、次のページをめくると必死で女に謝っている。「おっ、早いなあ」と感心する。目に余る浮気振りに決別しようと心から決心するのに、また奈緒美のふくらはぎやら長じゅばんやらそういう細かな誘惑にあっさり負ける。ああ、と思って次の章にすすむと、「読者の皆さんは、もうお分かりでしょう」と始まって、ちゃんと女とよりを戻している。笑える。ほほえましい。 こういう女は雑に扱えば向こうから執着してくるだろうに、わからんやつだな、とつっこみを入れながら読む。男は、自分をだまそうとする女にだまされたふりをして、ふりをしている自分が実は女をだましているのだと悦に入ったりする。女に振り回されている男の描写はこっけいでおかしい。くるくる変わる譲二の信念のありようが、男のかかえた心と行動の矛盾そのものである。これは同じ矛盾に悩む男性が読んだら共感できて、自己反省してしまう人もいるんではあるまいかと推測する。しかし、女の立場からからすると「まーた男はありもしない心の矛盾とやらに悩んで、まったく愚かなんだから」と思ってあきれたりする。ことストレートな男女間の相違という観点からものを見るとき、女性というのは基本的に男性を見下げているものである。 本は、いかに自分にひきつけて、自分のために書かれたものとして読むかどうかがカギである。しかし、それをやると自分の場合、ついつい話が下世話になって、そこから学び取る内容は名作からもワイドショーからでもたいして変わらないのが問題である。[ READ MORE ]

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